シーザーサラダとの出会い


シーザーサラダ…、初めてあったのは、いつのことだったろうか。たぶん、95年の秋に、学会のためにアメリカ・ボストンに行ったときのことかもしれない。食べ物という点では、あんまりうまいものに当たらなかった旅行であったが、忘れ得ぬ思い出を残したものがあった。それは、粉チーズとかクルトンなどをばっさとかかった、謎のサラダだった。なんじゃ?と思ったが、食ってみると結構うまい。別の場所で偶然サイドとしてもう一回出てきたが、心の中でラッキーと思ったことを今でも覚えていることをみると、最初の出会いの時に心に響く何かがあったのかもしれない。

その時は、名前も知らなかった。

日本に帰りしばらくたち、そのサラダが「シーザーサラダ」という名前であることを知った。

しかし、日本には本当のシーザーサラダはなかった。東京には本当の空がない、とつぶやきたい気分である。東京中のレストランで、私はメニューにシーザーの文字を探した。たまにそれを見つけることができた。出てきたものは…。確かに粉チーズはかかっている。でも、何かが違う。このとき、私はシーザーに重要なものは、見た目ではなく、むしろそのドレッシングにあったのだということを知った。日本のシーザーサラダは、ドレッシングが違う。ひどいレストランになると、単なる酸っぱいばかりのフレンチドレッシングである。あそこには、まろやかさが必要なはずなのに…。こうして日本では、失望の連続であった。

その間やはり学会で一度行ったオーストラリアで、久しぶりのシーザーに巡り会えた。忘れていたあの味…。でも、相変わらず日本では、ほとんど食せなかった。偶然、食料品店で国産のシーザードレッシングを見つけたことがあった。めちゃくちゃ高かったが(1000円近くしたのではないか)、自分でクルトンを作り、サラダを作ってみた。やはり、これだ。問題はドレッシングなのだ。見た目でごまかされてはいけない。でも、買うのは高すぎる。自分でドレッシングを調合するため、さまざまな料理の本をあさった。サラダブックを読んだ。でも、私を満足させてくれるレシピには出会うことがなかった。というか、そんなものはほとんどどこにも書いていなかった。日本は、完全なシーザー後進国なのだ。というか、サラダドレッシング全体が、種類が少なすぎるのだが。

シーザードレッシングに入れるアンチョビーはどうなるのか、ベーコンの焼き加減は、そんなことを思索する日々がすぎ、こうして私は、いつしかシーザーサラダ研究家となっていた。

そして私は、本業として統計学を勉強するため、数ヶ月アメリカに滞在することになった。アメリカは、シーザーサラダの国である。たぶん。滞在中、今しか食えないとばかりメニューに見つけると食いまくった。ニューヨークで、アナーバー(ミシガン大学)で、サンフランシスコで。そこで、シーザーの上には、基本的にガーリック味のクルトンとパルメザンチーズしかかからないということを知った(オプションでチキンブレストなどをのせられることはある)。

スーパーに行った。シーザードレッシングがたくさん売られていた。シーザーサラダキットもたくさんあった。ちぎったレタスとドレッシングとクルトンとチーズがひとまとめで袋詰めになり、野菜コーナーにおいてあるのだ。自分でも何度も作った。

そして、何冊かのシーザー研究書すら発見した。私はシーザーサラダの真の歴史、オリジナルレシピ、シーザーを取り巻く状況を知ることができた。そんな知識を手に入れ、私は満足して帰国した。あれ、何しにアメリカいったんだっけ。


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