竹内久美子氏:補論


ここは、竹内氏の「小さな悪魔の背中の窪み」(新潮社, 1994)に関する補論です。

竹内久美子氏の一連のシリーズは、「利己的遺伝子論」の観点から、さまざまな人間界の現象を説明しようとするもので、わかりやすい語り口から一般の読者層に大変人気があります。一方で、本家「遺伝学」「動物行動学」のほうでは、さまざまな評価があるようですが、ここでは、彼女のデータ解析やその解釈、心理学に対する考察に限って若干のコメントをここではつけたいと思います。

あくまでデータ解釈と科学的立場という点から論じます。文系だからって、科学的、論理的に考えることはできますよ。科学は理系の専売特許ではありません。


●血液型と性格の関連は、日本の心理学界でタブーになっているのではないか

どうしてそのような結論が出てくるのかよくわかりません。なぜなら、現在に至るまで、日本の心理学者による検証は多々行われたからです。結果は否定的なものばかりでしたが、否定的な結果を出したものをもって「タブー」というのは、フェアではありません。「無視」していればタブーでしょうが。常温核融合の追試が失敗しまくったからといって、物理学者はタブーだらけなのでしょうか。むしろ、と学会編「トンデモ本の世界」(洋泉社, 1995)の中での竹内書評でも指摘されていましたが、昭和初期の古川氏の研究、能見氏の一連の著作以外の、日本の心理学者の研究を竹内氏が一本も引用しなかったのはなぜでしょうか。

日本の心理学者が行ってきたさまざまな検証研究の一例はここ


●さまざまな「有意差」について

彼女は、自分自身でさまざまなχ2乗検定を行っていますが、どこでの分析も「サンプリング」のないものばかりであり、その確率の意味が明確でありません。特に、医学データに対して行っている解析は、非常に問題があるものが多いです。これは、医学データにおける統計解析の限界としてよく知られていることですが、「入院患者」という極度に偏ったサンプルについての分析と考察は、しばしば大きな問題を引き起こします。なぜならサンプル母集団は確定できず、また実験的方法による無作為割付も原理的に行いえないからです。もちろん、このことが、血液型による特定疾患の罹病のしやすさという関係を否定するものではありませんが。


●心理学者「R.B.キャッテル」の研究による明確な関係の支持

海外における「血液型と性格」研究には、一貫した結果のあるものがなく、相関を実証することはあきらめるべきだろうか、といいながら、竹内氏は性格心理学者R.B.キャッテルの実証研究を、他の論文に比べて非常に質が高く、これ以上のデータは得られていない、として特別に評価し、他の結果が一貫しない研究をとりあげていません。キャッテルの研究は、9種類の血液型に関する指標と、キャッテル式16因子性格検査の結果を検討したものだそうです。実は、恥ずかしながら、この論文を手に入れることができませんでした。1980年の「Mankind Quarterly」誌に掲載された研究であるそうです。では、それほどのデータなのでしょうか。彼女の引用に沿って、見ていくことにしましょう。引用からの判断なので、不正確になる可能性はご容赦ください。

データとして評価できるのは、各種の血液型特性を用意し、おそらく実際に測定したという点でしょう。これは、他に研究には少ない点として評価していいと思います。

では、???という点についてです。まず、対象者のオーストラリアの323人が、どのように選ばれたのかよくわかりません。人種を統制するためにオーストラリアの白人に限定した、と言っていますが、民族的バックグラウンドは「白人」というだけのことなので抽象的ですし(そもそもオーストラリアの白人は基本的にみんな外国からの移民ではないでしょうか)、サンプリングメカニズムもよくわかりません。もっともこれは、論文を読めば判明するでしょう。

次に、統計的検定についてです。9種類の血液型特性にそれぞれのタイプがあり、さらに性格特性が16項目存在するということは、「何型が何型に比べて」という結論を引き出すためには、何百の統計的検定を行っている疑いがあります。これは、「誤った統計学的推論」を引き出す確率をほとんど100%に近くするものです。そもそも、オーストラリア人323人は、本当に統計学的推論の仮定を満たすランダムサンプルだったのでしょうか(恣意的にいろいろなところからかき集めたデータではないだろうか)。以上の2点に関しては、「血液型性格判断は疑似科学か」「「関係がある」と「関係がない」の間」もご参照ください。

この2点で、データ解析に対する信頼性はかなり低くなっています。さらに、能見氏の唱えた「ABO式血液型性格関連説」と一貫する結論かというと、どうも食い違いがあるようにも思えます。竹内氏は、A型は「病気全般に弱い結果、用心深く即座に行動せずにじっくりと考える慎重な態度を身につけ、結果として集団の指導的立場に立ったり、社会の上層部に位置することになった」という能見氏ベースの説を立てている一方で、キャッテルのデータではA型は「自己統御能力が低い」と紹介しています。そしておそらくは食い違いの原因をより相関の強いP血液型のせいかもしれないと主張していますが、あれ、もともとの仮説はどこへ行ってしまったのでしょうか。竹内説を維持するためには、P型の影響力に関わりなく、A型との関連が出なくてはなりません。論理が「かもしれない」という言葉を通じてすり替わっているように感じられます。

キャッテルは、確かに性格心理学領域で、過去数多くの研究を行ってきた研究者です。性格理論に関する因子分析的アプローチなどで有名です。ただ、この論文のデータと解析の質は、血液型を測定した、という以外には、いくつかの問題点を含んでおり、少なくとも竹内説を支持するデータとしては不適切のようです。

それは、ここで「Mankind Quarterly」という雑誌が選ばれていることからも推察できます。この雑誌に載ったキャッテルの研究は、血液型と性格の関係を支持する心理学的証拠として、日本の他の支持派、否定慎重派文献にも引用されています。しかしこの雑誌は、私の知る限り、性格心理学領域の、審査が厳しく質の高い研究成果を発表する雑誌ではないように思います。例えば、この研究は、どうして「Journal of Personality and Social Psychology」「Personality and Social Psychology Bulletin」「Journal of Personality」誌などで発表されなかったのでしょうか。

このあたりが興味深く感じられましたので、少し調べてみることにしました。まず、なぜ私が直接この論文をまだ読んでいないかというと、それが国内でほとんど購読されていない雑誌であり、入手困難だったからです。学術情報センター(文部省)を使った検索では、国内の全大学・研究機関で、この雑誌を現在購読している図書室は4室しかありませんでした(http://webcat.nacsis.ac.jpでお確かめください)。正直に言って、大学に所属している研究者でも、ほとんど入手できない雑誌です。直接読まないことには何もいえませんので、いずれ取り寄せてみたいのですが。この時代に、日本のどの大学でもほとんど手に入らない学術雑誌というと、かなりマイナーなものです。引用しているみなさんは、本当に手に入れて読めたのでしょうか。しかたがないので、インターネットで検索をかけてみました。その結果、どうやらこの雑誌を出版している団体のページが存在し、さまざまな情報も得ることができました。http://www.mankind.orgです。キャッテルの理論的立場やこのような研究の優生学的背景などについて、多くのことを知ることができると思います(特に、出版書のコーナーを参照のこと)。


●罹病しやすさと性格

彼女の立てた、「梅毒」などなどは、性格と血液型を結ぶ一つの説といえなくはありません。ですから、ここからはデータを取って、検証してください、という領域です。彼女は、血液型別の特定疾患の罹病しやすさが、何らかの行動特性を形成していったということですから、この点に関して実証データを取ればいいでしょう。でも、

(1)血液型→(2)特定疾患の罹病確率→(3)一定の行動傾向

ここで(1)と(2)の関係があったとしても、(2)と(3)の関係についてのデータがなくうえに、(1)と(3)の関係もどうにも出てこないんですから、まあ、ちょっとこの理論を維持するのはつらいかもしれません。(1)と(3)の関係があってはじめて、その中をつなぐメカニズムに仮説を立てることに意味があるのです。ここをすっ飛ばして何を考えても、机上の空論でもありません。出発点に問題があるのですから。確かに、話としては受け入れられるのでしょうが。

竹内さんは、この方向で性格と血液型の関係が実証される日が来ると論じています。本当にそうであるなら、数多くの生物学者、遺伝学者が真剣に取り組み成果も上がるはずでしょう(仮説があるなら確かめればいいだけのことです)。でも、そのような話はほとんど聞きません。どうしてでしょうか。こういう点に関する、ABO血液型の遺伝メカニズムの研究者の面白いコメントはこちらです

さらに、しばしば通俗に見られる「利己的遺伝子」説の単純さ(単一遺伝子の特性決定論)については、立花隆講義ホームページの「多義性について」が非常に参考になるでしょう。

ミステリー作家の我孫子武丸さんのごった日記(97/11/01〜97/11/10)に、「特命リサーチ200X」(日本テレビ・97/11/02)の問題点と、竹内説への反証があります。別の病気には、別の血液型がかかりやすいのに、なぜか「梅毒」しかとりあげないなど、まっとうな批判です。さらに興味深いのは、「ゲタで天気が当たることもあれば、当たらないこともある。でも、ゲタと天気の間に相関関係がないのは明らかなのに、気圧がゲタの回転に影響し…、などという論理を立てる」という比喩。そう、当たることもあれば、当たらないこともある。当たったところだけをつかまえて、関係があると信じてメカニズムを考えるのは、ヘンなのです。


あらゆることを、健康的懐疑で、疑ってみましょう。竹内説への批判は、

と学会(編) 1995 トンデモ本の世界 洋泉社

のp59〜64も見てください。おかしい本を批判だけではなく笑い飛ばす、と学会のスローガンには、共鳴できるものがあります。

あれれと、笑いながら考察する、と学会のりに一番近い「血液型性格関連」についての心理学者の本は、

佐藤達哉・渡邊芳之 1996 オール・ザット・血液型 コスモの本

です。心理学エンターティナー(?)としての評価の高い先生方の名作です。